ガウディのサクラダファミリアで感じたイニシアティブの重要さ

先日死ぬまでに一度は行きたいと思っていたサクラダファミリアに行ってきた。 サクラダファミリアが今年一番高いタワーのイエスの塔ができてクレーンが大きく出てるサクラダファミリアは今年が最後なので、できる前に行きたいと思い訪れた。

サクラダファミリアを見て思ったことはいくつかある。 一つは、ガウディが生前関わった生誕のファザードの作り込みが飛び抜けてすごいことだ。 逆にいえば他の箇所は意外と装飾が少なくてびっくりした。 なんなら完成までに、イエスの死後の世界の、メインのファザードがまだできてないらしい。なぜ最後になったかを聞いたところ作りやすかったからとのこと。

ガウディは、自分の生きている間にサクラダファミリアができないと悟り、後世に見本となるようなファザードを作った。 圧倒的な誰もが感じる熱量のファザードで、温かみのある手作業を感じた。 AIや機械で簡単に作ることができてこれをすぐ作っていたら100年以上作り続けるようなものにはなっていないんだろうなと感じた。 温かみのある手作業がもたらす熱量があるなと感じた。

二つ目は、教会内が建物の構造が装飾になっていることだ。ガイドの人も特徴と言っていたが普通の教会はタペストリーなどの装飾があるが、サクラダファミリアは構造物が装飾になっている。図面をそこまで書かず手作業で実践をして作っている中でだいぶすごいことをやっていると感じた。

3つ目は、ガウディは軸となる思想を作ってその熱量や意志が死後も作られているということだ。 生誕のファザードの作り込みがエグいのは、温かみのある手作業で思想や設計を後世に残すためで、思想の強さを感じた。逆に思想や意思だけで100年以上作られるものを残したガウディはすごいと思う。 ガウディは元々そこまで信仰は熱心ではなかったそう。ただ、人生を通じて途中から自然をモチーフにした当時では尖ってるけど理にかなった建物を作って行った。 今は観光地になっているグエル公園は、元々は60軒の住宅を売るために作られたものだったらしいが2軒しか売れず、ガウディも20年近くそこに住むことになって、最終的には公園として整備された。尖りすぎて当時は受け入れられなかったけど、サクラダファミリアの頃には思想や熱量がやりたいことの共感は繋がり今へと続いているのがすごい。 グエルさんという協力者がいたことで迎合せずに尖り続けることができたんだなと思う。

設計図がなくて、戦争で模型が破壊されても限られた資料のなかから読み取って作る余白ができたのも続いている理由なのかもしれない。 後世の人が設計をするように、ガウディは予想しながら設計をして行ったんだなと思う。意図せず資料が減ってしまい、危機に放ったが進んでいる理由だと思う。

サクラダファミリアの後から作られたファザードは、作られた時はガウディの意思とは違うんじゃないかという批判があったそう。でも今は当たり前のように人がいるしおかしいと思う人は少ないと思う。自分が正しいと思うことを信念を持って進めることの重要さはあるかもしれない。