ハッカソンがハッカソンである理由は、ハックができるから
きっかけ
最近、ハッカソンに関する議論をよく見かける。特に気になっているのが、「ハッカソンがビジネスコンテストになってきている」という話だ。
AIの登場によって、以前よりもずっと簡単に動くものを作れるようになった。だからこそ、技術的に何を作ったかよりも、アイデアの良さやビジネスとしての可能性が重視されるようになってきている、という話だと理解している。
また、最近はハッカソンが採用や学生さんの実績作りの側面もあり、そういうこともビジネスコンテスト的な側面も生まれてきてしまっていると思う。(実際にハッカソンと採用や育成は相性がよい)
僕自身、ハッカソンを通じてものづくりの楽しさに気づき、エンジニアになった人間なので、この議論は結構気になっていた。
ハッカソンをハッカソンたらしめているものは何なのだろうと考えている。特に最近、ハッカソンの審査員を経験したり、過去の自分の参加経験を振り返ったりしている中で、一つ思ったことがある。
それは、ハッカソンの面白さは、ハッカソンをハックできることにあるんじゃないか、ということです。
ハッカソンの審査員をやって感じたこと
今年度は、SPAJAMというハッカソンで審査員をやっている。
審査員をやってみて感じるのは、良い作品や発表は、見ていて気になるところがほとんどなく、もっと知りたかったり、全体的な完成度がすごく高い。
アイデア、プロダクト、体験、発表がうまくつながっていて、自然と納得させられる。
一方で、先日、参加者と一緒にアイデアを考えながら作る形式のハッカソンに関わる機会があった。
そのときに印象的だったのが、初めてハッカソンに参加する人ほど、結構お利口なアイデアになりやすいということだった。
テーマに対して真面目に考え、よくある課題を見つけ、それを解決するアプリを考える。それも良いがハッカソンとしてはよくあるあるのアイデアに落ち着いたり発表での驚きは作れないと思う。
例えば、スマホアプリを作るハッカソンだからといって、スマホの画面の中だけで完結させる必要はない。スマホの外に飛び出すような体験を考えてもいいし、テーマの解釈自体を少しずらしてみてもいい。
また、どれだけ作り込んでいても、発表でその面白さが伝わらないという場面もあり勿体無いと思うことが多かった。プロダクトを作ることと、その面白さを伝えることは別の技術なのだと思う。
こうした経験を通して改めて感じたのが、ハッカソンは、プロダクトだけでなく、アイデアの出し方や発表の仕方までハックできるということだった。
自分もハッカソンをハックしてきた
振り返ってみると、僕はこういう「ハックする」ことが結構好きだし、得意なのかもしれない。
初めてハッカソンで賞をもらったときも、今思えば一つのハックをしていた。
初めてのハッカソンで苦い思いをした経験から、「自分たちが本当に使いたいと思うものなのか」という視点を持って開発に取り組み結果として、Open Hack U 2020 vol.3で最優秀賞をいただくことができた。
その後もハッカソンに参加する中で、審査員がどのように作品を見るのか、どこで面白いと思ってもらえるのかを逆算しながら作るようになり、安定して成果が出るようになっていった。
ただ、単純に審査員にウケそうなものを作るということではない。
例えば、以前SPAJAMに参加したときには、猫をテーマにしたアプリを作った。
そのときのフィードバックの一つが、「もっと猫っぽくできたんじゃないか」というものだった。
機能としては成立していても、プロダクトの体験と世界観が十分に噛み合っていなかった。
この経験から、テーマや世界観や体験をどこまで作り込めるかを、より意識するようになった。
例えば、発表中にお茶を立てて審査員に飲んでもらったら、賄賂みたいで面白いんじゃないか、なんてアイデアを出したこともある。
あるいは、実際の発表会場を想像して、どこで歓声が上がるか、どんなデモを見せたら驚いてもらえるか、ということまで考える。そして座布団を投げるアプリを作った。
こうなってくると、もはやアプリを作るだけではない。
ハッカソンというイベント全体を、一つのものづくりの対象として考えているのだと思う。
僕はこういうことを考えるのが、すごく楽しいし多分得意なんだと思う。
もっとハッカソンをハックしてほしい
ハッカソンに初めて参加する人は、どうしても「ちゃんとしたものを作らないといけない」と思ってしまうかもしれない(実際要件を確認するとそういうハッカソンも存在する)
でも、特に指定がない場合は別にそんなにお利口になる必要はないと思う。
もっと変なアイデアを出してもいいし、テーマを予想外の方向から解釈してもいいし、発表で審査員を驚かせることを考えて発表で会場を驚かせてほしい。
実際に作ってみたらうまくいかなかった、というのも含めてハッカソンの楽しさだと思う。
僕がハッカソンを通してものづくりを好きになったのも、そういう自由に試行錯誤できる楽しさがあったからだ。
だからこそ、これからもハッカソンには、ハッカー精神を大事にする場であってほしい。
ハッカソンは、ハッカー精神があるからハッカソンだと思う。
プロダクトだけじゃなく、テーマも、ルールも、体験も、発表も。
もっとハッカソンをハックしてほしい。
一方審査員をやっていて気をつけないといけないこと
ハッカソンがハックされた時に、ハックされた時に本当はできていないのに評価してしまうみたいなことが起きてしまう可能性がある。
過去にあった事例として、プログラミングもデザインもできないが、制作物の企画立案とプレゼンテーションがうまくてできていなかったり、クオリティが高くないのに賞を受賞するケースがある。
https://megalodon.jp/2016-0301-1058-35/anond.hatelabo.jp/20160229224553
審査員をやる身としては、「この発表は、騙していないか」「この発表は、伝え切れていないが、ちゃんと実装したのだな」をちゃんと見極められるような技術力は持っておきたい。